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横浜地方裁判所 昭和58年(ワ)1479号 判決

原告(甲・乙・丙事件)

日経金属株式会社

右代表者代表取締役

岩堀昇

右訴訟代理人弁護士

橋本欣也

右同

森英雄

右同

鈴木質

右同

牧浦義孝

右同

水地啓子

右同

橋本吉行

被告(甲事件)

大貫健

被告(甲事件)

有限会社キユーマ・シー商会

右代表者代表取締役

平馬世康

右両名訴訟代理人弁護士

鈴木郁男

被告(乙事件)

石嶋妙子

被告(乙事件)

古川美奈子

被告(乙事件)

原春夫

右三名訴訟代理人弁護士

花村聡

被告(丙事件)

大貫博

右訴訟代理人弁護士

鈴木郁男

主文

原告(甲・乙・丙事件)の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告(甲・乙・丙事件)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大貫健、同石嶋妙子、同古川美奈子、同大貫博は、各自原告に対し、原告より金六〇〇万円の提供と引換えに、別紙物件目録二記載の建物を収去し、同目録一記載の土地を明渡せ。

2  被告有限会社キユーマ・シー商会は、別紙物件目録二記載の建物の一階部分より、被告原春夫は同建物の二階部分より各々退去して、いずれも同目録一記載の土地を明渡せ。

3  被告石嶋妙子、同古川美奈子、同原春夫らは、原告に対し、各自昭和五七年一月一日から右土地明渡済に至るまで一ケ月金八二〇〇円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文各項同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)を所有しているが、これを訴外亡大貫正義に対し昭和二七年一月一日から昭和五六年一二月末日まで(期間三〇年)、建物所有の目的で賃料一ケ月金八二〇〇円で賃貸し、右訴外人は、本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という)を所有していたが、昭和五〇年一月三一日死亡し、右訴外人の子である被告大貫健、同石嶋妙子、同古川美奈子及び被告大貫博が相続により本件建物の所有権を取得し、本件土地の賃借人たる地位を承継した。

2  更新拒絶ないし使用継続に対する異議の意思表示

右賃貸借契約の期間は、昭和五六年一二月末日をもつて満了するところ、原告は、次項に述べる正当の理由により

(一) 昭和五六年四月一六日に被告大貫健に到達した書面で本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をした。

被告大貫健は、他の被告三名から共同賃借人としての権利義務の行使の一切を委任されており、その他三名の代理人として更新拒絶の意思表示の受領権限を有していた。

(二) 仮に、右意思表示の効力は共同相続人たる右被告四名全員に対して効力を生じず、各被告が借地人として期間満了後も使用を継続していたとしても、本件各訴状をもつて、各被告に対して使用継続に対する異議を述べている。

3  正当事由

(一) 原告側の事情

原告は、特殊鋼の再生及び製鋼の請負を主に業とする会社であるが、企業経営上、原告が別に所有する西区浅間町の工場・事務所のみを使用している現状では非常に手狭で、高価商品の貯蔵庫・荷物の積降し場所に事欠き、また従業員の社宅の必要に迫られており、他に適当な代替地を有しないこと、原告及び原告代表者の所有する本件土地に隣接する土地も、本件土地と一体としてでなければ利用価値がないことなど、経済的理由であり、企業としての存立のため不可欠のものであり、まさに自己使用の必要がある。

(二) これに対し、被告大貫健、同石嶋妙子、同古川美奈子、同大貫博側の事情は、本件建物を同被告らの住居として使用しているものではなく、被告有限会社キユーマ・シー商会及び被告原春夫に賃貸しているという金銭的収益の取得のみである。

(三) 以上、原・被告双方の事情を比較考量すれば、原告の本件土地を使用する必要度は、被告らのそれよりもはるかに大きいものと考えられる。

(四) 原告は、立退料提供による正当事由の補完として、当初から六〇〇万円の立退料を提示しており、しかも本件土地の借地権の評価額である二一八五万円全額の提供も認めるところである。

4  被告有限会社キユーマ・シー商会は被告大貫健から本件建物の一階部分を賃借し、被告原春夫は同被告から本件建物の二階部分を賃借して、本件土地を占有している。

5  よつて、原告は、被告らに対し請求の趣旨記載通りの判決(金員請求は賃料相当損害金)を求める。

二  請求の原因に対する答弁

(被告大貫健同有限会社キユーマ・シー商会)

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、原告がその主張する書面により被告大貫健に対し本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をしたことは認める。

3 同3の(一)の事実は、不知ないし争う。

同3の(二)の事実中、被告大貫健が被告有限会社キユーマ・シー商会及び同原春夫に対しそれぞれ本件建物部分を賃貸していることは認め、その余は争う。

同3の(三)は否認する。

同3の(四)は争う。

4 被告大貫健の主張

(一) 原告は、昭和四二年頃から昭和五四年頃にかけて、西区浅間町に一七〇坪の土地を取得し、ここに倉庫や事務所を建設して仕事の大部分を移転しており、また本件土地に隣接する土地も所有しており、これらの土地を効率的に利用すれば原告の企業経営上の必要は充足される筈であり、本件土地の自己使用の必要性は左程多くない。

(二) 原告と被告大貫健との間の昭和五一年五月二五日成立の本件土地の賃料値上げの調停において、原告は、同被告に期間満了時の更新料の支払を約束させ、右更新は当然の前提とされていたので、同被告は、本件建物の一、二階部分を相被告らに賃貸し、その賃料を受取ることを前提とする生活設計を立ててしまつているのである。

(三) 亡大貫正義は、昭和二七年一月二八日以来地主の訴外白田十一子より本件土地の地上権を取得し、右地上に本件建物を所有してきたところ、本件土地の隣接地を右白田から借り受け、建物を建築所有していた原告は、昭和四四年頃この土地を右白田から本件土地とともに、亡大貫正義には事前に何の話もなく、買い取つてしまつたもので、道義に反する方法で本件土地を取得した原告が、その時から一二年位しか経過していない時点で、自己使用を主張して契約更新を拒絶するのは信義則に反し、この点からも原告の正当事由の主張は排斥されるべきである。

(被告石嶋妙子、同古川美奈子、同原春夫、同大貫博)

1 請求の原因1の事実は、賃貸期間の点を除き、認める。賃貸期間は、昭和二七年一月二八日から昭和五七年一月二七日までの三〇年間である。

2 同2の事実中、原告がその主張する書面により被告大貫健に対し本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。

3 同3の(一)の事実は争う。

同3の(二)の事実中、被告大貫健、同石嶋妙子、同古川美奈子、同大貫博らが本件建物に居住せず、これを他に賃貸していることは認めるが、その余は争う。

同3の(三)は否認する。

同3の(四)は争う。

4 被告らの主張

原告は、被告石嶋妙子、同古川美奈子、同大貫博に対し、本件賃貸借契約の更新につき異議を述べていないから、本件賃貸借契約は借地法六条一項により法定更新されている。

従つて原告に正当事由が存するか否かを判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は棄却されるべきである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因1の事実は、賃貸借期間の点を除き、当事者間に争いがない。

賃貸借期間の点につき考えるのに、〈証拠〉を総合すると、右賃貸借期間は昭和二七年一月一日から昭和五六年一二月末日までの約定であることが認められ、〈証拠〉の記載も右認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二してみると、右賃貸借契約の期間は昭和五六年一二月末日をもつて満了するところ、原告が、被告大貫健に対し、昭和五六年四月一六日到達の書面で、右契約の更新拒絶の意思表示をなしたことは、当事者間に争いがない。

原告は、被告大貫健は他の相続人被告石嶋妙子、同古川美奈子、同大貫博の代理人としても右更新拒絶の意思表示を受領する権限を有していた旨主張するので、この点について考えるのに、〈証拠〉を総合すると、次のような事実が認められる。

1  原告は、亡大貫正義の死亡を知らず昭和五〇年一二月一日保土ケ谷簡易裁判所に同人を相手方として賃料増額等の調停の申立をなしたところ、被告大貫健が右正義の相続人として出頭したので、本件建物は同被告が相続したものと思い、同被告との間に昭和五一年五月二八日左記要旨の調停が成立した。

(一)  当事者双方は、申立人(日経金属株式会社)が相手方(大貫正義相続人大貫健)に対し、本件土地を賃貸期間昭和二七年一月一日から昭和五六年一二月末日までの約定で賃貸中であることを確認する。

(二)  右賃貸借による賃料を昭和五一年一月一日以降一か月金六〇〇〇円に増額する。

(三)  右(一)の賃貸借期間満了の際、当事者双方は協議の上、更新料を決定し、相手方は申立人に対し右決定更新料を支払う。

2  被告大貫健は、亡大貫正義の長男で、同人と共に本件建物の二階に居住し、一階部分を他に賃貸して生活していたので、前記調停においても亡大貫正義相続人として相手方となつたが、当時右正義の子で共同相続人である被告大貫博は所在不明のため、同じく共同相続人の被告石嶋妙子、同古川美奈子と協議の上、同被告らの委任により本件土地、建物の管理を委かされて前記調停に臨み、遺産分割の協議は、被告大貫博につき失踪宣告の申立をなし、その確定を待つて協議することとしたが、右手続中に同被告の所在が判明したものである。

3  原告は、本件甲事件の訴提起後、本件建物の相続人が被告大貫健の他にも存在することを知り、所在の判明した被告石嶋妙子、同古川美奈子を相手方とする本件乙事件の訴を提起し、さらに右両事件繋属中に判明した被告大貫博を相手方とする本件丙事件の訴を提起したものである。

以上の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、賃借人の相続人が数名ある場合の更新拒絶の意思表示は、特段の事情が認められない限り、そのうちの一名に対する意思表示のみでは有効ということはできないけれども、本件においては、右認定の事実によれば、原告としては被告大貫健のみが本件土地の賃借人亡大貫正義の相続人と考えても無理からぬ特段の事情が認められるから、かような場合は、原告が同被告に対してなした前示更新拒絶の意思表示は他の共同相続人である被告石嶋妙子、同古川美奈子、同大貫博に対する関係でも有効なるものと解するのが相当である。

三そこで、原告のなした前項の更新拒絶の意思表示につき正当の事由が存するか否かについて検討する。

〈証拠〉を総合すると、次のような事実が認められる。

1  原告会社の代表取締役岩堀昇は、昭和三〇年一〇月七日本件土地に隣接する同所七一番六、同番一の土地上に存する建物を買受け、昭和三八年五月二〇日増築し、鉄骨及び木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建、一階(店舗兼作業所)六三・〇四平方メートル二階(居宅)六〇・七九平方メートル(以下「平沼建物」という)とし、同年八月二〇日右一階部分の所有権を原告会社に移転し、同月二八日区分所有の登記手続をなした。

右建物所在の土地は、いずれも訴外白田十一子の所有であり、これを賃借していたものであるが、同所七一番六宅地四二・五四平方メートルの土地は昭和三九年一〇月二〇日右岩堀が、同所七一番一から分筆した同番七宅地三九・一三平方メートルの土地は昭和四四年五月二九日原告会社がそれぞれ底地を買受けて所有権を取得し、その際、原告は、これに隣接し亡大貫正義が右訴外白田十一子より賃借していた本件土地の底地をも右正義に断りなく買受けた。

2  原告会社は、昭和三一年八月設立され(現在の資本金八〇〇万円)、右建物で特殊鋼の再生、製鋼販売等を営んでいたが、手狭となつたので、昭和四二年七月二九日横浜市西区浅間町四丁目三三四番九宅地三二四・八四平方メートルを買受け、同地上に鉄骨造スレート葺二階建倉庫一階一六一・五九平方メートル、二階八一・七九平方メートルを建築して仕事の大部分を平沼建物からこれに移し、さらに昭和五四年六月二六日隣接する同所三三四番一二宅地一八七・八一平方メートル同番一三宅地三七・七六平方メートルの土地を買入れ、同地上に鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺平家建倉庫一七五・七五平方メートルを建築し、これに平沼建物から事務所を含め全てを移転した。

3  かくして、昭和五五年ころからは、平沼建物は空屋になつて、その敷地も遊休地となつているが、浅間町における原告会社の業績は、前記調停当時二億円であつた売上が現在は三億円程度に伸びているものの、手狭となつて頭打ちの状態なので、原告としては、更に事業拡張のため本件土地を明渡してもらい、隣接所有土地と併せた土地上に平沼建物を取毀して三階建の建物を新築し、これに浅間町の事務所を移転し、従業員の宿舎も改善したい計画を有している。

4  亡大貫正義は、昭和二七年一月訴外白田十一子より本件土地の地上権を取得し、右地上に本件建物を建築所有してきたものであるが、昭和四四年五月原告が本件土地の底地を買受けてからは、原告に地代を支払つてきたもので、右正義から借地権を承継した被告大貫健は、前記調停において、前記二、1、(三)の約定により期間満了の際は更新料を支払つて契約を更新してもらえるものと思い、昭和五三年一〇月には千葉県の肩書地に移住し、本件建物は一、二階部分をそれぞれ相被告らに賃貸し、その賃料をもつて現住土地建物購入のためのローンの支払に充てて生活しており、将来は本件建物に戻る気持もあるので、他の共同相続人とはいずれ本件土地の借地権及び本件建物の帰属につき遺産分割の協議をなし、支払地代と受領家賃等につき清算を行うことになつている。

以上認定の事実によると、原告は、西区浅間町にかなり広い土地、建物を所有しており、これらと平沼建物及びその敷地の有効利用を計れば、本件土地の返還を求めなくても、原告会社の経営に特別の支障があるものとは認められず、他方被告大貫健らは、本件建物を賃貸しその収入を得て生活設計をたてていることが認められ、加えて原告が同被告先代の賃借中の本件土地をあえて買受けたものである事情をも参酌すると、原告には前記更新拒絶につき自己使用の必要その他正当の事由を有するものとは認め難く、原告の主張する借地権価額相当の立退料の提供により正当事由の補完を認めるのも相当でない。

四よつて、原告の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官髙橋久雄)

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